北海道滝川市では、自殺の原因をいじめとは特定できないとか、誰が見ても女児の残した遺書を「手紙」と表現して、滝川市の教育委員会管轄で「いじめ」はないと強弁し続けてきた。福岡県筑前町では、ベテランの担任がクラスないでのいじめを助長する役割を果たしていた。マスコミから批判され、現在は平身低頭、丁寧な対応に努めるようになってきた。一見、短期間に急激に変化したように見えませんか。
ところが、この変身ぶりが問題なのである。北海道滝川市の場合は典型的で、1年間突っぱねていた教育委員会が、10月3日の文部科学大臣の一言で、5日には遺族の自宅に教育委員会と市長が頭を下げ、謝り続けていた。拒否してきた1年間の態度は論外だが、急に平身低頭頭を下げればよいわけではないですよね。ここに役人の問題がある。上の意向だけが気になり、児童には目が向かない。担任、校長、教育委員会共に自己保身のために働いているのである。
本来は真の教育者を目指していたのだろうが、いつの間にか出世欲だけで、中心であるはずの生徒には目が行かなくなってしまったのでしょう。学生を置き去りにした教育はあり得ないのだし、はずれてしまった教師は、再教育の必要はない。別の世界で、再チャレンジしてもらえばよいのでしょう。
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